商品コード: ISBN978-4-7603-0423-3 C3321 \50000E

第2巻 日本科学技術古典籍資料/理學篇[1]

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第2巻 日本科学技術古典籍資料/理學篇[1]
氣海観瀾廣義

解 説
 訳編者の川本 幸民(かわもと こうみん)は、文化七(一八一○)年に生を享け、明治四年六月一日(一八七一年七月十八日))に逝去している。享年六十二歳。幕末・明治維新期に活躍した蘭学者で、名は裕(ゆたか)。幸民(こうみん)は字である。通称は、初めは敬蔵(けいぞう)、後に周民(しゅうみん)と名乗った。裕軒(ゆうけん)と号した。父は摂津国三田藩侍医の川本周安で、その三男にあたる。その経歴は以下のような内容である。最初は、藩校の造士館で、後に、播磨の宇野良八のもとで、医学を学んだ。

*一八二九(文政十二)年、摂津国三田藩の藩主九鬼隆国に命ぜられて、江戸に留学し、足立長雋、坪井信道などに 蘭学を学び、物理・化学に精通する。
*一八三四(天保五)年、三田に帰郷し、父と同様に藩医に任命された。
*一八三五(天保六)年、藩主に従い、江戸へ赴き、芝で医院を開業。青地林宗の三女秀子と結婚。
*一八三六(天保七)年、事件に連座し、藩邸に幽閉され、後に蟄居を命ぜられた。
*一八四五(弘化二)年、薩摩藩の藩主島津斉彬に見出され、薩摩藩に招聘された。
*一八五六(安政三)年、蕃書調所に入る。
*一八五九(安政六)年、蕃書調所教授に就任。
*一八六二(文久二)年、洋書調所教授に就任。
*一八六八(明治元)年、洋書調所教授を辞職。三田に帰郷し英蘭塾を開校。
*一八七○(明治三)年、息子の清一と連れだって上京。

 多くの科学の著訳編書があり、白砂糖、マッチ、銀板写真なども試作し、日本の科学の発展に貢献した。また、一八五三(嘉永六)年頃、日本で初めてビールを試醸し、浅草の曹源寺で試飲会を開催した。
 主な著書として、次のような書籍があげられる。

①氣海観瀾廣義: 一八五一?一八五八(安政五?嘉永四)年刊行。日本で最初に刊行された物理学書「氣海観瀾」(青地林宗 訳述)の増補・改訂版として刊行し、平易に記述した。
②遠西奇器瀾: 一八五四(安政元)年刊行。数々の機械について解説。
③化学新書: 一八六○(万延元)年刊行。ドイツの科学者ユリウス・ステックハルトの「Die Schule der Chemie」のオランダ語版を和訳。当時、使われていた「舎密」という言葉を、中国で使用されていた「化学」と言う言葉に置き換えた。

 上述のように、この「氣海観瀾廣義」は川本幸民が訳述した書籍で、嘉永三(一八五○)年に原稿が完成している。岳父の青地林宗(あおちりんそう)が訳述した「気海観瀾」の増補・改訂版と言える内容である。青地林宗が訳述した「氣海観瀾」をその一部とする「格物綜凡」が未だ発見されていないので、彼が依拠した原本の存在を明らかにすることはできていなかった。しかし、この「氣海観瀾廣義」を熟読すると、一八二八(文政十一)年に刊行された、ボイスの著書「Algemene Natuurkundig Schoolboek by Johannes BUIJS」に依拠していることが推定された。川本幸民はこのボイスの原書、同じく、一八三一(天保二)年に第二版が刊行された、同人の著作「Volks-Natuurkunde by Johannes BUIJS (first published in 1811)」、J・N・イスホルジング(J. N. ISFORDING)の著書「醫科必讀格物書(Algemene Natuurkundig Handboek voor Leelingen in de Heel- en Geneskunde by J. N. ISFORDING; translated by G. J. Wpeu. 1826)」、J・J・リットロウの「Tafereel van het Heel-al by J.J.Littrow and etc. 1848)」なども参考にして、この「氣海観瀾廣義」を執筆したと考えられる。以下、各巻の内容について紹介しておきたい。

①巻一〈第一冊〉(費西加要義/體性總論/眞性【定形 碍性 分性】)
②巻二〈第一冊〉(眞性【氣孔 動静 引力】/假性)
③巻三〈第一冊〉(分類【三態 三有】)
④巻四〈第二冊〉(天體)
⑤巻五〈第二冊〉(動/游動直落斜落/複動/中心力/重心)
⑥巻六〈第二冊〉(運重器/物體衝突)
⑦巻七〈第三冊〉(流體總論/水/水壓/諸體本重)
⑧巻八〈第三冊〉(大氣)
⑨巻九〈第三冊〉(大氣夾雜諸氣類)
⑩巻十〈第四冊〉(温)
⑪巻十一〈第四冊〉(越歴的里失帝多/瓦爾發尼斯繆斯)
⑫巻十二〈第四冊〉(前篇餘義)
⑬巻十三〈第五冊〉(磁石)
⑭巻十四〈第五冊〉(光【光線屈折】)
⑮巻十五〈第五冊〉(視學諸噐/眼目視法)

 この資料は五冊十五巻で構成されている。この目次に見られるごとく、内容は物理学が主であるが、理学一般の総論から、力学・化学・熱学・電気学・光学などについて説明が行われ、天体や潮汐の理も詳述されている。また、「巻三〈第一冊〉(分類【三態 三有】)」においては、植物・動物・鉱物について述べられているので、理学一般の資料と言っても差し支えないであろう。さらに、この著作に掲載されている多くの図版は、内容の理解を助け、完備した理科の書となっている。青地林宗の「氣海観瀾」が漢文で難解なのに比べ、この「氣海観瀾廣義」は和文をもって平易に解説されているために、広く用いられ、その影響は少なくなかった。編者が新たに作成した索引において、この資料に頻出する、さまざまな科学用語が検索できるので、内容を吟味するためにも、ぜひ活用されたい。
 ここで、「氣海観瀾」を訳述した青地林宗の略歴について、簡単に紹介することにしたい。彼は、一七七五(安永四)年、伊予松山に生まれ、一八三三(天保四)年二月二十二日に死去している。享年五十九歳。蘭学者で、名を盈(えい)、字を子遠、林宗、号を芳滸(ほうこ)と称した。門弟に堀内素堂が知られている。父は松山藩医の青地快庵。家業の漢方医学を修得した後に、二十歳で江戸に出て、幕府通詞の馬場佐十郎の門弟となり、天文学や蘭語を学んだ。杉田立卿の私塾の天真楼、宇田川玄真の私塾の風雲堂でも学んだ。二十六歳の時、父の快庵が亡くなると、松山藩医の家を継ぐために、一時帰郷した。五年間松山に落ち着いたが、蘭学への想いが断ち切れず、松山藩での職を辞し、遊学の旅に出た。大坂、長崎など蘭学の地を回りながら、再度、江戸へ戻った。一八二二(文政五)年、四十七歳の時に、幕府の招聘を受け、幕府天文台訳局訳官となり、蘭書(西洋の学術書)の翻訳に従事した。ゴローニンの「日本幽囚記」も翻訳している。その後、一八三二(天保三)年、水戸藩主徳川斉昭に請われ、召し抱えられた。
 オランダのヨハネス・ボイス(Johannes BUIJS、1764-1838)が著した書籍を多く翻訳し、一八二七(文政十)年に日本初の物理学書「気海観瀾」を刊行し、日本物理学の祖と称された。林宗には五人の娘がいて、長女粂の夫は坪井信道、次女三千子の夫は伊東玄晁、三女秀子の夫は川本幸民、四女宮子の夫は高野長英で、いずれも高名な蘭学者に嫁いでいる。ただ、五女信子は十一歳で病没している。
 主な著作として次のような書籍があげられる。「格物綜凡」、「気海観瀾」(日本初の物理学書)、「気海観瀾補数」、「万国地志」(杉田立卿との共著)、「輿地誌」(地誌、六十五巻)、「輿地誌略」、「医学集成」、「依百乙薬性論」、「和蘭産科全書」、「居家備要」、「金備輿地誌」、「工斯牛痘編」、「工斯貌爾觚」、「公私貌爾内科書」、「昆斯貌觚凡例」、「衆家経験千方」、「製剤篇」、「西洋奇器叢記」、「遭厄日本紀事」、「泰西医家書目」、「地学示蒙」、「内科嚢記」、「訶倫産科書」、「奉使日本紀行」。物理学のみならず、医学、地誌、書誌など多種多様な書籍の刊行に携わっているのが、大きな特色と言えよう。
 本書は、國立公文書館内閣文庫所蔵本を使用した。この書籍が刊行するまでには、多くの方々の御協力を得た。特に、三枝博音先生の論攷(「日本科學古典全書 第六巻」に所収)を参考にさせていただいた。記して謝意を表する次第である。

  二○一六年九月十日                                     編者識

 
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科学技術古典籍資料シリーズの特色

(l)近世に創作された日本の科學・技術に関係する貴重な古典籍を網羅---貴重な資料が全国各地に散在しているために、日本の科學・技術に関連する第一次資料を網羅することはできなかった。今回はさまざまな資料を捜索・掲載し、日本の科學・技術の歴史全体を俯瞰できる内容とした。

(2)充実した内容と斬新な構成----初學者にも理解できるように、古代から近世末期までを俯瞰できる各分野ごとの科學・技術史年表、基本的な文献の解題目録、完璧な索引を作成し、内容を豊富化した。既存のさまざまな概念にとらわれずに、事実としての日本の科學・技術の歴史を明らかにすることを重視している。古代・中世に、中国より渡来した科學・技術は、江戸時代に独自の発展をとげ、この時代の中期以降に西洋の科學文化に接触し、さらなる歴史を形成した。本集成は、この発展の歴史を辿りながら、現代以降の科學・技術のさらなる発達に寄与できうる内容構成とした。

(3)あらゆる學問分野で活用できる資料集成----この資料のみで、日本の科學・技術史を俯瞰できるのが大きな特色。資料篇、文献解題篇、年表篇、索引篇のいずれからも読むことが可能で、さらなる研究に活用するために便利な資料。日本科學史、日本歴史の研究者のみならず、作家、ジャーナリスト、社会科學・自然科學分野の研究者なども活用できる、体系的な資料集成。

[当初この日本科学技術古典籍資料シリーズは、「日本科學技術古典籍資料集成」として、独自のシリーズで刊行の予定でしたが、古代及び中世の日本独自の文献を所蔵している機関が少なく、また、所蔵していたとしても、複製が困難なために、新たなシリーズとして発行することを断念致しました。さらに、江戸時代に科學技術研究が最盛期を迎えたことと、この時代に発行された資料がほとんどであることを勘案して、「近世歴史資料集成」シリーズに組み入れることにした次第です。深くお佗び致します。]

各巻本体価格 50,000円

[内容構成に若干の変更がある時は、ご了解下さい]

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