商品コード: ISBN978-4-7603-0260-4 C3321 \50000E

第11巻 日本科学技術古典籍資料/天文學篇[7]

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第11巻 日本科学技術古典籍資料/天文學篇[7]

補天衍經天學指要、天文圖解發揮、天文秘録集、天文圖説、天文義論、長慶宣明曆筭法、本朝天文、運規約指

今回も、「日本科學技術古典籍資料/天文學篇【六】:西洋新法曆書」(近世歴史資料集成第六期・第十巻)に引き続き、江戸時代に刊行あるいは記された天文學の名著をとりあげた。前巻の解説でも記したように、天文學の知識は日本固有の知性で生み出されたものは少なく、中國あるいは西洋から宣教師達によってもたらされた知見が多いために、中國あるいは翻訳された西洋天文學の精髄に依存することが目立つのが特色と言えよう。この巻に掲載した八篇の著作物は、教養的あるいは啓蒙的な論攷に加えて、中國から取り入れた「宣明暦」についての基本資料などを、主として収録した。これらの資料は、いずれも東北大学附属圖書館の所蔵で、括弧内には配架番号を記した。

(一) 補天衍經天學指要(狩8‐31826‐4)
著者は西村遠里(にしむらとおさと)。享保三(一七一八)年に生まれ、没年は天明七(一七八七)年。享年七十歳。江戸中期に活躍した暦算家で、「授時解」「天学指要」「本朝天文志」「天文俗談」など、天文學の論攷のみならず、「万国夢物語」「居行子」「数学夜話」「遠里随筆」など、数學や随筆の分野でも数多くの著作を遺し
た。名前は得一、通称は左衛門及び千助、遠里、得一堂、居行などと号した。大和の生まれで、京都で薬屋を営み、池部清真に算學を、幸徳井氏に曆學を学んだ。宝暦二(一七五二)年、陰陽頭土御門泰邦の推挙で、宝暦の改暦に与ることになった。「宝暦の改暦」にあたっては、将軍徳川吉宗の意図に従って、西洋天文学の成果を取り入れて、改暦を意図していた江戸の天文方に対して、伝統的暦法による手法を用いた保守派の土御門一派を代表する立場に立った。宝暦十三(一七六三)年の日食を予
知したことで知られている。本書の刊行は安永五(一七七六)年で、浪華の松根堂、文魁堂から梓行されている。元巻、亨巻、利巻、貞巻の四部構成。おそらく一般大衆に天文の基礎知識を流布するために印行された資料で、天學、十二宮、太陽、太陰、日蝕、月蝕、天河、雷電、霞、二十八宿などについて、解りやすく説明されているのが特色と言えよう。

(二)天文圖解發揮(狩8‐31842‐3)
「天文圖解發揮上下」二巻、「附録」一巻の全三巻で構成されている。著者は、中根元圭(なかねげんけい)[寛文二(一六六二)年‐ 享保十八年九月二日(一七三三年十月九日)]で、享年七十二歳。江戸時代中期に活躍した和算家・天文家で、本姓は平、名は璋、通称は十次郎・丈右衛門、字は元圭・元珪・元球・有定。また、律襲軒・律衆軒・律聚・伯山と号した。近江國浅井郡に生まれ、京都白山二条上町に居住する。最初、田中由真に数學を學び、後に、建部賢弘の門下となった。京都の銀座の役人を勤め、享保六(一七二一)年、建部賢弘の推挙で江戸に招かれ、漢文で記述された西洋暦学書の翻訳に従事し、江戸と伊豆下田で天文観測を行った。儒學、醫學、韻律學などにも造詣が深く、「新撰古暦便覧」「三正俗解」「授時暦図解発揮」「異体字辨」などの著作が知られている。この資料は元禄四(一六九一)年発行の版本で、教養的な天文學の解説書という内容である。

(三)天文秘録集(林-2742) 
 著者は千葉 歳胤(ちば としたね)。版本。正徳三(一七一三)年に生を享け、寛政元(一七八九)年三月六日に逝去。享年七十七歳。江戸時代中期に活躍した天文學者。武蔵國高麗郡虎秀村出身。浅見家に生まれ、千葉奇助の養子となり、千葉氏を称した。通称は陽生。その後、江戸に出て、医學を生業と、中根元圭の高弟・幸田親盈に暦學を學んだ。幕府天文方・渋川光洪のために、日食・月食を割り出す「公算法」を研究した。この資料の表題は「天文授時補暦艸 附」となっていて、「天文秘録集」は配架用の名称と推定される。おそらく、宝暦十一(一七六一)年成立とされる、同著者による「授時補暦経」(同図書館林集書所蔵)と何らかの関連を持っていると推定される。他に、「大議天文地理考」「一葉儀(測)術」「触算活法率」「皇倭通暦触考」「歳寿万代暦」「天文陰陽自然問答」「再考積年日法術改訂」「補授時暦」「一綫儀説」「神道天文意弁」などの著作物が知られている。

(四)天文圖説(岡本文庫 刊99-18249-2)
 著者は馬場 信武(ばば のぶたけ)。本姓は源、名は信武、字は玄俊、時習斎・梅翁軒と号する。尾田 玄古(おだ げんこ)は医者名。生年未詳。正徳五(一七一五)年に没。京都に生まれ、職業は医者ながら、天文學をはじめとして、日本の古典・易術・兵學に造詣が深く、中國の通俗的な軍事書の翻訳に従事した。この書は正徳六(一七一六)年にも刊行されていて、使用した資料は享保二(一七一七)年発行の版本である。他に、「初學天文指南鈔」「書経集伝天度弁」「新刻看命一掌金和解」「天文指南 」などの著作物が知られている。

(五)天文義論(狩21397-2-9995)
 正徳二(一七一二)年に長崎の西川 如見[にしかわ じょけん](一六四八~一七一四)によって著される。「両儀集説外記」の別名がある。上下の全二巻二冊。
中國と西洋の天文學を比較しながら、設問形式で応答する方式を採用。中國天文學の根底にある命理と形気から説き起こし、地円説、九天説、太陽及び月の大きさと本体の性質、星座、暦學などの諸問題について、伝統的な中國天文學と、漢訳書の「天経或問」などに見られる西洋天文學の精髄との比較を行う。西洋天文學の日本への本格的な導入直前の研究書であり、江湖に広く流布された。 天文學の哲学的原理を学ぶための格好の資料である。

(六)長慶宣明曆筭法(狩7-21000-7-9834)
 宣明曆とは中國の曆の一種で、かつて中國・日本などで使われていた太陰太陽暦の暦法である。正式名称は「長慶宣明暦」。日本においては、八六二年二月三日(貞観四年一月一日)に大衍暦・五紀暦から改暦され、一六八五年二月三日(貞享元年十二月三十日)まで、八百二十三年間継続して使用された。一六八五年二月四日(貞享二年一月一日)に、貞享暦に改暦された。中國においては、唐の徐昂が編纂し、唐の長慶二(八二二)年から景福元(八九二)年までの七十一年間使用された。この資料においては普請奉行を務めた安藤有益(一六二四~一七○八)が序文を記している。全七巻の構成。

(七)本朝天文(狩8-21429-9-9742)
 全七巻で、享保五(一七二○)年刊行の版本。著者は、源 慶安(みなもと よしやす)。 生年は生年は慶安元(一六四八)で、没年は享保十四年五月九日(一七二九年六月五日)。地久説の支持者として、仏教界の須弥山擁護派から敵視された。

(八)運規約指(狩7-31552-1)
手写本。英國白起徳輯、英國傅蘭雅口譯、無錫徐建寅筆述。傅蘭雅は中國名で、イギリスの教育家。咸豊十一(一八六一)年,セント・パウロ・カレッジの教師として香港へ赴き,後に上海に移り、英華書院の校長に就任。
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科学技術古典籍資料シリーズの特色

(l)近世に創作された日本の科學・技術に関係する貴重な古典籍を網羅---貴重な資料が全国各地に散在しているために、日本の科學・技術に関連する第一次資料を網羅することはできなかった。今回はさまざまな資料を捜索・掲載し、日本の科學・技術の歴史全体を俯瞰できる内容とした。

(2)充実した内容と斬新な構成----初學者にも理解できるように、古代から近世末期までを俯瞰できる各分野ごとの科學・技術史年表、基本的な文献の解題目録、完璧な索引を作成し、内容を豊富化した。既存のさまざまな概念にとらわれずに、事実としての日本の科學・技術の歴史を明らかにすることを重視している。古代・中世に、中国より渡来した科學・技術は、江戸時代に独自の発展をとげ、この時代の中期以降に西洋の科學文化に接触し、さらなる歴史を形成した。本集成は、この発展の歴史を辿りながら、現代以降の科學・技術のさらなる発達に寄与できうる内容構成とした。

(3)あらゆる學問分野で活用できる資料集成----この資料のみで、日本の科學・技術史を俯瞰できるのが大きな特色。資料篇、文献解題篇、年表篇、索引篇のいずれからも読むことが可能で、さらなる研究に活用するために便利な資料。日本科學史、日本歴史の研究者のみならず、作家、ジャーナリスト、社会科學・自然科學分野の研究者なども活用できる、体系的な資料集成。
[当初この日本科学技術古典籍資料シリーズは、「日本科學技術古典籍資料集成」として、独自のシリーズで刊行の予定でしたが、古代及び中世の日本独自の文献を所蔵している機関が少なく、また、所蔵していたとしても、複製が困難なために、新たなシリーズとして発行することを断念致しました。さらに、江戸時代に科學技術研究が最盛期を迎えたことと、この時代に発行された資料がほとんどであることを勘案して、「近世歴史資料集成」シリーズに組み入れることにした次第です。深くお佗び致します。]

各巻本体価格 50,000円
揃本体価格 550,000円
[内容構成に若干の変更がある時は、ご了解下さい]

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